現代人は昔にくらべて汗の臭いが強くなっているといわれます。これだけ世の中が清潔志向になっているのに、なぜでしょうか? それでなくても、夏は自分や他人の汗の臭いが気になる季節。それぞれに汗対策を講じているでしょうが、ただ汗を目の敵にしているだけではこの問題は解決しないようです。 


かいたばかりの汗は臭わない

 なぜ私たち人間は汗をかくのかというと、その一番の目的は体温調節にあります。人間が他の動物と大きく異なるのは、飛躍的に発達した脳を持っていることです。脳はいうまでもなく、思考したり、記憶したり、また生命維持にかかわる重要な中枢がある場所ですが、熱に弱いという弱点があります。そこで、常に体温を一定に保って大事な脳を守ることが、体温調節の究極の目的なのです。
 そのために、人間は暑くなると、血管を流れる血液中から水分をとりだして汗腺から皮膚に放出し、その気化熱によって体温を下げるというテクニックを身につけたのです。これが汗です。
 脳を守るために作られたともいえる汗腺は、人間の器官の中では新しく、まだ発展途上の未熟な器官といえます。そのため、汗を出すときには水分だけでなく、血漿に含まれる大切なミネラル分や、尿素、窒素、アンモニアなどの臭いの成分も一緒に出てしまいます。
 ただし、これらの成分は僅かな量なので、かいたばかりの汗は無臭です。ところが、汗が皮膚の上にとどまったまま1〜2時間経つと、そこに皮膚の常在菌が繁殖して臭い物質を生成し、汗臭くなってしまうのです。


エクリン腺とアポクリン腺

 汗には2種類あります。1つは、全身に分布しているエクリン腺という汗腺から出る汗です。エクリン腺は、多い人では全身に500万もあるとされている、肉眼では見えない小さな汗腺です。ここから出る汗は99%以上が水分で、割合サラッとした汗です。僅かに塩分や尿素、アンモニアなどが混ざっていますが、ほとんど臭いません。  もう1つは、わきの下や、おへその周り、耳の外耳道、乳首の乳輪や、性器、肛門の周りなど、体の特定の部位にだけあるアポクリン腺から出る汗です。
 エクリン腺は単独の汗腺ですが、アポクリン腺は毛穴と出口がいっしょで、ここから出る汗は、たんぱく質、脂質、糖質、グルコース、コレステロール、アンモニア、鉄分、色素リポフスチン、ピルビン酸などの多種の成分を含んだ、やや粘り気のある汗です。栄養分を多く含むので皮膚の常在菌が繁殖しやすく、その醗酵臭が、ワキガと呼ばれる独特の臭いになります。動物はこのアポクリン腺が発達しており、ここから出る汗の臭いは異性を惹きつけるフェロモンのような役目もしていますが、人の場合、強いワキガ臭は嫌われます。


汗にも“いい汗”と“悪い汗”がある 

 ところで、汗にもいい汗と悪い汗があります。エクリン腺の汗はほとんどが水分で、サラサラしているため蒸発しやすく、ほとんど臭いません。このような汗は“いい汗”と言えます。
 これに対して、“悪い汗“もあります。それは血漿の成分がたくさん出てくる濃度の濃い汗です。濃度の濃い汗はねばねばしていて蒸発しにくいので、体温調節には不向きです。しかも、このような汗をかくと、ミネラル分が多く失われるので体が疲れやすくもなります。また、臭い成分もたくさん含まれているため、汗の臭いが強くなります。
 本来、かいたばかりのの汗は臭わないはずなのに、最近はそうではない人が増えています。つまり、現代人は、かきたてから汗が臭う人が多くなっているのです。その理由は、このような悪い汗をかく人が増えているからです。


現代人の汗は臭くなっている
そのわけは?

 現代人が悪い汗、つまり濃度の濃い汗をかくようになったのには3つの理由が挙げられます。
 1つは汗腺を使わなくなったために、汗腺機能が衰えてしまったことです。ふだんから運動不足で汗をかくことはめったになく、本来ならたくさん汗をかくはずの夏も、エアコンの普及であまり汗をかかないし、むしろ汗をかくことを嫌っているのが一般的な現代人の姿ではないでしょうか。
 体の機能を使わなくなったためにその働きが低下してくることを廃用症候群と言いますが、汗腺は特にその傾向が強く現れます。汗腺が廃用症候群になると、血液から水分を取り出した後、血漿成分を元に戻すことができなくなって濃い汗をかくようになるのです。
 汗が臭くなった2つめの理由は、腸内環境が乱れて悪玉菌が増えたことです。実は、汗は食べ物とも大きくかかわっています。食べたものは腸で分解されますが、炭水化物はほとんどが善玉菌によって二酸化炭素に分解され、臭いません。それに対して、肉類などに多く含まれるたんぱく質は悪玉菌によって分解され、インドール、スカトール、硫化水素、アンモニアなどといった悪臭の元が発生します。つまり、悪玉菌が増えれば、当然、臭いの元も大量に発生するというわけです。
 このような臭い物質、一部は便とともに排泄されますが、一部は腸で吸収されて肝臓に送られ、ここで無臭化されます。ところが、年をとって肝臓の機能が衰えてくると、無臭化しきれなかった臭い物質が血液中に混じって全身に回ります。それが呼気とともに出れば口臭に、汗とともに出れば、いわゆる加齢臭となります。
 悪玉菌が増えて腸内環境が悪化する原因は、老化や肉食に偏った食生活が挙げられます。老化は生理現象なのでしかたがないとしても、肉食に偏った食生活は、まさに現代人に当てはまります。


一気に出る汗は臭い
 
 現代人の汗が臭くなった3つめの理由は、急激に汗をかくことが多くなったためです。内臓や脳の中にある体の深部の温度センサーが働いてゆっくりじっくり汗をかけば、いったんくみ出された血漿成分が再び血液中にもどる時間があるために、汗で出ていく臭い成分も少なくなります。岩盤浴などで身体の芯から温まって出る汗や、ジョギング、ウォーキングなどの有酸素運動で出る汗はこのような汗です。
 ところが、急激にどっと汗をかくと、血漿成分も多く出てしまって、濃度の濃い臭い汗になります。たとえば、緊張した時にはどっと汗が出ますが、手のひらやわきの下にかくこのような汗はじっとりと濃い汗です。クーラーの効いた室内から真夏の炎天下に出たときも同じです。このような時は体の深部のセンサーではなく、皮膚のセンサーが外気温に反応して一気に汗が噴き出します。これも濃い汗で、臭いが強くなります。
 汗をかく機会がなくなったこと、食習慣、空調の完備など、いってみれば文明の恩恵が、私たちの汗を臭くしているといえるでしょう。


ワキガは治療すれば簡単に治る

 汗臭さの代表といえばワキガでしょう。臭いの強い汗を出すアポクリン腺は、人種や個人によって差があり、もともと多い人と少ない人がいます。ワキガの人は、このアポクリン腺が多い人です。
 単なる汗の臭いをワキガと思って悩む人もいますが、判断の手がかりになるのが耳垢です。溶けたキャラメルのような耳垢、いわゆるあめ耳の人は、外耳道のアポクリン腺の働きが活発な証拠で、このような人はワキガ体質と思って間違いありません。逆に、カサカサ乾いた耳垢の人はワキガ体質ではありません。また、白い下着やシャツを着ていると、いつの間にかわきの下が黄ばんでくる人もワキガ体質のことが多いようです。
 ワキガといってもその程度はさまざまです。軽ければ、制汗剤を使ったり、わきの下の毛を剃るだけでもそれなりの効果があります。それでも臭いが気になるなら手術という方法もあります。
 わきの毛の1本1本に細い電極針を指して高周波電流を通し、毛根組織を熱で凝固させる電気凝固法は、軽度のワキガで、メスを入れる手術には抵抗があるという人に向いています。永久脱毛もできます。
 ボトックスもあります。ボトックスとは、最近は顔のシワ取りに使われている技術としてよく知られていますが、ボツリヌス菌の毒素を無毒化してわきの皮下に注射するものです。これによって汗の出が5〜7割程度減り、臭いも抑えられます。ただし、ボトックスは約半年ほどしか効果が持続しませんから、一時的な治療です。ワキガを根治したいなら、手術でわきの下のアポクリン腺を摘出する方法が最も確実です。
 いずれにしても、ワキガであれば、原因がはっきりしているし治療法も確立されているので、比較的簡単に治すことができます。


汗をかいたらすぐに拭くのが原則

 汗が臭くなるのは、時間がたって雑菌が繁殖するからです。臭いを抑える最も手っ取り早い方法は、汗をかいたらすぐにシャワーを浴びたり、体を拭いたりして清潔にすることです。仕事中にシャワーを浴びるのは無理ですから、その場合はウエットティッシュなどで拭くといいでしょう。それだけで汗臭さの問題はかなり軽減します。 
 それと同時に、臭いの強い“悪い汗”をできるだけかかないようにすることです。汗が臭くなる原因は先に述べたように、「汗腺機能の低下」、「腸内環境の悪化」、「急激に汗をかく」の3つですから、これらをなくすように努力すればいいのです。
 夏は「汗臭くなるのはいやだからできるだけ汗をかかないようにしよう」と思いがちですが、そうするとますます汗腺機能が衰えて汗が臭くなります。夏はできるだけ汗をかいて汗腺を働かせた方がいいのです。部屋の中をクーラーでガンガン冷やすのはやめて、外気温との差は5℃以内に留めましょう。そして、汗ばむくらいの軽い有酸素運動をすることも大事です。
 機能の低下した汗腺を積極的に鍛える「汗腺トレーニング」もおすすめです。浴槽に37〜38度のぬるめのお湯を張り、みぞおちの深さまでゆっくりつかる半身浴は家庭で簡単にできる汗腺トレーニングです。
 汗の臭いを抑えるには、食物繊維、オリゴ糖、プロバイオティクスである乳酸菌をとって腸内環境を整えることも大事です。とくに乳酸菌は、皮脂腺から出るノネナールという成分の加齢臭を抑えてくれます。「オヤジ臭」とも呼ばれる加齢臭は汗からも出て、汗の臭いを強くしている要因の1つですが、これは何もオジサンだけに限ったことではありません。女性も更年期以降は女性ホルモンが減って男性ホルモンが増えるために、皮脂腺からの加齢臭が強くなります。
 また、急激に汗が噴き出すのを防ぐには、冷房の効いた場所から炎天下に出る時には、階段の踊り場やロビーのようなところで5分間ぐらい体温を調節し、汗腺を慣らすようにするといいでしょう。


自分にふさわしい制汗剤を選んでいますか?

 夏になるとドラッグストアの店頭には種々のデオドラント剤が並び、どれを選べばいいか迷います。それだけ汗の臭いを気にする人が多いということでしょう。このデオドラント剤もさまざまありますから、自分にふさわしいものを選ばないと逆効果になってしまいます。
 耳垢が溶けたキャラメル状の人は強いワキガ体質ですから、塩化ベンザルコニウムなどが入った殺菌作用の強力なものがいいでしょう。耳垢が単に湿っているだけの中等度のワキガの人は、殺菌作用が比較的マイルドなフェノールや銀などの入ったものがおすすめです。そして、耳垢がカサカサしていてワキガでない人は、植物抽出エキスなどを配合した制汗剤を使ったり、ウエットティッシュで拭くだけでも十分です。ワキガではない人が殺菌作用の強い制汗剤を使うと、皮膚の常在菌が死滅してもっと強力な悪玉菌が繁殖し、かえって汗の臭いが強くなってしまいますから、自分に合った制汗剤を使うことが大事です。
 また、制汗剤はわきの下に局所的に使うものなのに、全身に塗る人がいます。これは常在菌を殺してしまったり、体にある汗腺をふさいで体温調節をできなくしてしまうので、決して全身には塗らないようにしましょう。


汗の臭いで病気がわかることも

 汗の臭いは時として病気のサインとなることもあります。加齢臭の原因となるノネナールは中高年になると誰にでもできますが、まだ若いのに加齢臭が強い人や、それまであった加齢臭が急に強くなった時は要注意です。ノネナールが作られるのと、生活習慣病が起きる過程はまったく同じで、加齢臭は別名“メタボ臭”ともいえます。加齢臭が急に強くなったら生活習慣病にかかっている可能性があります。
 ほかにも、汗の臭いで病気がわかることがあります。汗の臭いが甘酸っぱくなったら糖尿病の可能性があります。アンモニアの臭いが強くなると腎臓の病気、卵の腐ったような臭いなら胃腸の病気、肉が腐ったような臭いの場合は肺の病気が疑われます。まさに、汗は健康のバロメーターです。
 汗をかかなくなった現代人は汗が臭くなっているといいましたが、もっと深刻な問題があります。汗をかかなくなると体温を下げられなくなるので、体は体温を上げないようにエネルギー代謝を落とします。代謝が低くなると新陳代謝が悪くなって血行も悪くなり、さらに代謝が落ちるという悪循環に陥ります。その結果、低体温になったり、また、体温調節がうまくできないために、外気温に合わせて体温が上がったり下がったりする、まるで変温動物のような体になってしまいます。炎天下ですぐに倒れてしまう子どもなどはその典型です。自律神経失調症やうつ病なども、さかのぼれば、このように汗をかかなくなり、体温調節がうまくいかなくなったことと大きく関係しています。
 夏本番の今こそ、汗を毛嫌いせず、大いに汗をかきましょう。もちろん、かいた汗は早めに拭いて清潔にするのはいうまでもありません。



あすの健康にむかって「ヘルシスト」2009年7−8月号より


多汗症についての相談(回答内容別)
多汗症についての相談(質問内容別)